
※2026年9月14日時点の情報です。
ステフィン・カリーの“スニーカーフリーエージェント”が、ついに決着しました。
2026年6月、カリーとCurry Brandは中国の大手スポーツブランドLi-Ning(リーニン)との長期パートナーシップを発表。報道では10年・4億ドル超とも伝えられていて、金額だけを見てもかなり大きな契約です。
Stephen Curry本人のXでの発表:「The partnership of a lifetime.」
ただ、面白いのは契約先だけではありません。NikeからUnder Armourへ移った歴史、12年以上かけて育てたCurry Brand、そしてスニーカーFAを経て、なぜNikeやadidasではなく中国ブランドを選んだのか。今回はその流れごと見ていきます。
NikeからUnder Armourへ。すべての始まりは有名な“あのプレゼン”
カリーはNBA入りした2009年から最初の4シーズンをNikeでプレーしていました。ただ、2013年の契約更新時に状況が変わります。
このときのNikeとのミーティングは、今ではスニーカービジネスの有名な話になっています。ESPNによると、Nike側の担当者がカリーの名前を「Steph-on」と呼び間違え、さらにプレゼン資料にはKevin Durantの名前が残ったスライドまであったとされています。父デル・カリーは、その時点でかなり気持ちが離れたと振り返っています。
当時Nikeのバスケットボール部門でミーティングを主導していたのが、現在ではNBAファンにもよく知られるニコ・ハリソンです。ただし、後年ハリソン本人は「名前を間違えたのは自分ではない」と説明しているので、ここは分けて考えた方がいいでしょう。
それ以上に大きかったのは、Nikeにとってカリーがまだ“最優先のシグネチャー選手”ではなかったことです。LeBron James、Kobe Bryant、Kevin Durantらが中心で、カリーが希望した自身のバスケットボールキャンプも実現しませんでした。
そこでUnder Armourが動きます。Nikeやadidasと比べれば、当時のUnder Armourはバスケットボールで圧倒的な存在ではありませんでした。それでもカリーに「ブランドの顔になる場所」を用意した。結果的に、この賭けは両者にとって大成功になります。
ESPN:NikeがカリーをUnder Armourへ失った経緯
カリーのブレイクと一緒にUnder Armourも大きくなった
Under Armourと契約した後、カリーは一気にNBAのトップへ駆け上がりました。初のオールスター、MVP、NBA優勝。そして3ポイントシュートそのものの価値を変えるほどの存在になっていきます。
2015年には初代Curry 1が登場し、2020年にはCurry Brandが正式始動。バスケットボールだけでなく、ゴルフやアパレルまで扱うブランドへ広がっていきます。
だからこそ、2025年11月にUnder ArmourとCurry Brandが分離すると発表された時はかなり驚きました。Under Armourの公式発表では、カリーは同社から独立し、Curry 13が最後の「Curry Brand × Under Armour」のシューズになるとされています。
つまり、Curry Brandそのものが終わったわけではありません。むしろUnder Armourから外に出て、自分たちで次のパートナーを選べる状態になった、という方が近いです。
Under Armour公式:Curry Brandとの分離発表
途中には政治をめぐる温度差もあった
Under Armourとの関係は長く良好でしたが、ずっと何もなかったわけではありません。
2017年、Under Armour創業者のKevin Plankが当時のDonald Trump大統領をビジネス面で「asset(資産)」と表現した際、カリーはその発言に明確に距離を置きました。かなり有名になったのが、「assetから“et”を取れば同意する」という皮肉です。
ただし、これは2025年の契約終了の直接的な理由として公式発表されたものではありません。あくまで、カリーがブランドとの関係でも「自分の価値観と合っているか」を重要視してきたことが分かる過去の出来事として見ておくのがいいと思います。
ESPN:2017年のCurryとUnder Armourをめぐる発言
“スニーカーフリーエージェント”はそれ自体がイベントになった
Under Armourとの分離後、カリーはすぐに次のブランドを決めませんでした。
2025-26シーズンは、Nike Kobeをはじめ、本当にさまざまなバッシュを試しました。NBA.comによれば、試合ごとに違うシューズを履くことも珍しくなく、ロッカーの近くには大量のシューズが入った箱が置かれていたほどです。
単なる契約交渉ではなく、「今日は何を履くのか」自体が一つのコンテンツになっていたシーズンでした。
なぜLi-Ningだったのか。答えは“実際に履いたこと”にある
最終的に選ばれたのがLi-Ningでした。
ここで面白いのが、カリー本人がかなり具体的に理由を話していることです。スニーカーフリーエージェント中に、Dwyane WadeやチームメートのJimmy Butlerが履くLi-Ning系のシューズを実際に試し、品質、快適性、パフォーマンスに感銘を受けたと説明しています。
つまり、単に「中国市場が大きいから」でも「一番お金を出したから」でもなさそうです。Sports Business Journalは、カリーにはLi-Ningより高額なオファーも少なくとも1つあったと報じています。それでもLi-Ningを選んだのであれば、今回の決断が単純な金額勝負ではなかったことはかなり興味深いです。
カリー自身も、元オリンピック金メダリストである李寧氏がアスリートから起業家になり、自分の名前を世界的なブランドへ育てた歩みを高く評価しています。Curry Brandを「カリーのシューズ」から一つのグローバルスポーツブランドへしたい彼にとって、Li-Ningの歴史はかなり相性が良かったのではないでしょうか。
Li-Ning公式:Stephen Curry / Curry Brandとの長期パートナーシップ
Los Angeles Times:カリーがLi-Ningを選んだ理由
10年・4億ドル超。ただし“公式発表の数字”ではない
Forbesなどは、今回の契約を10年・4億ドル超と報じています。年間平均にすれば単純計算で4,000万ドルを超える超大型契約です。
ただし、Li-Ningの公式リリースでは契約年数や金額は公表されていません。なので正確には「10年・4億ドル超と報じられている」と表現するのがいいでしょう。
Curry Brandは消えない。むしろここからが本当の勝負
今回の契約で一番大事なのは、カリーがLi-Ningの一契約選手になるだけではないことです。
発表では、Li-NingとCurry Brandがブランド作りそのものを共同で進める形になっています。バスケットボールだけでなく、ゴルフやライフスタイル分野にも広げる計画があり、米国と中国でCurry Brandの店舗を展開する構想も報じられています。
Li-NingがCurry Brandを買収した、という話ではありません。Curry Brandは引き続きカリーのブランドで、その次の成長をLi-Ningが支えるパートナーになった、という理解が近いです。
次のカリーバッシュはどうなる?個人的にはここが一番気になる
Under Armour時代のCurryシリーズは、特にグリップ性能が印象的でした。私の周りの草バスケ仲間でも「止まりすぎるくらいグリップが強い」という声を聞くほどで、長くCurryシリーズを履いてきた人にとってはUnder Armourとの終了を寂しく感じる部分もあると思います。
一方で、カリー本人がLi-Ningのシューズを実際に履いた上で品質とパフォーマンスを評価しているのはかなり期待できます。
今後、Curry Brandの新しいバッシュにLi-Ningの技術と、カリーが求めてきた軽さやグリップがどう混ざるのか。ここは発売されたら絶対にチェックしたいところです。
関連記事として、2026-27シーズンの注目バッシュをまとめた記事も公開しています。
【2026-27 NBA】注目バッシュ5選|ケイド、ウェンビー、ANT、ハーデン、カイリー
まとめ|カリーのLi-Ning移籍は“中国ブランドが熱い”象徴かもしれない
NikeからUnder Armourへ。そして今度はLi-Ningへ。
カリーのシューズキャリアを振り返ると、ずっと「一番大きいブランドを選ぶ」というより、自分がブランドの中で何を作れるかを重視してきたように見えます。
より高額なオファーがあったと報じられる中でもLi-Ningを選んだ。製品とブランドの考え方を見て、Curry Brandを次へ進める相手を選んだのだとすれば、かなりカリーらしい決断です。
そして最近はLi-Ningだけでなく、ANTAをはじめ中国ブランドの存在感がNBAでどんどん大きくなっています。これはまた別の記事で、どの選手がどの中国ブランドと契約しているのか、実際にどんなバッシュがあるのかまでまとめたいと思います。
次のCurry Brandの一足がどんなシューズになるのか。2026-27シーズンは、カリーのプレーだけではなく足元にも注目です。

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